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今日のうれしかったこと   

2010年 03月 14日

* ブログ書いたら、それ読んでなんか知らんけど涙がでた、という素敵なメッセージをもらったこと。

* お風呂に入ってたらふと思いついたことからどんどん夢がふくらんでいって、実現可能かどうかわからないまま友達にメールしたら、みんながみんな、それ実はやってみたかったんだ!とみんなの夢でもあったこと。

* 仕事を辞めてからも時々連絡をくれていたのに、「あんまり好きじゃないから」と電話にも出ず放置していた、ホスピスのボランティアスタッフに、電話する気になったこと。完全に閉じていた私のシャッターを、あきらめずにノックしつづけてくれたことに大感謝。そして、電話に出なかった私を完全に許して受け入れてくれているその抱擁力に脱帽。電話に出たとたん、大笑いしてくれた!少し引け目を感じながら、訪問入浴の仕事をしている、というと、「すごく大事な仕事。難しいことをやってるから、重い責任を負ってるから偉い、というものではない。あなたのように、思いを持っている人が、短い時間でも接する時間を大事にケアすることが重要なんだ」と言ってくれた。
スパシーヴァ!!!!

*新しく入社する会社で自分の力以上に頑張ろうとする力みをもってることに気づいたので、そこの社員に相談したら、自分もいろいろと大変なのに、そこを越えてとても優しい言葉をかけてくれたこと。


こんなにたくさんあった〜!
やっほーい!!!
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バカボンのパパ礼賛   

2010年 03月 14日

パーパなーのら〜!!!
これでいいのだ〜〜!!!

ということで、最近お世話になったバカボンのパパさんにお礼をさせていただこうと思います。


何だか厳しかったような冬の終わりかけ、春が来そうで来ない思わせぶりな2月末に、それを越えないと春は来ないよ〜とでも言いたげな大問題が自分の中でボッパツしていました。

自分の行動の結果だから自分が悪いんだけど、その解決は自分ではどうにもできない!という問題で、もう今まで後生大事に抱えてきたいろんなものを失ってしまう〜!!という不安と恐怖でいっぱいでした。

そこに現れた女神のようなオカナオさんが、たくさん大事なことを伝えてくれました。


「今はとにかく非常事態。そのことをまず認めてあげて、ネガティブであることを自分に許してあげてください。」

「非常事態なんだから、食べたくなければ食べなくてもいいし、お風呂に入らなくてもいいし、とにかくできることをやって下さい。お菓子をバカ食いしたければしてもいい。人に優しく接することができなくてもいいし、イライラをぶつけちゃっても仕方ない。自分をコントロールできない3才児だと思って、過ごして下さい」

「何をやっても、自分を責めないで下さい。今まで充分自分を責めてきたはずだし、責めたかったら非常事態を脱したあとにして下さい。今はとにかく、3才児の自分を責めずにいっしょにいてあげて下さい。」

「これでいいのだ!!っていうバカボンのパパと、3才児の自分と、いっしょにいてあげて下さい」

「しっかり、泣いて下さい」

「今は、自分でコントロールしようとすることをやめて、大きなものに委ねることを学ぶチャンスです」



それで、その通り、過ごしました。
だって他にやりようもないし。本当にそれしかできないし。

ポテチ三昧、寝て起きて泣いて、オリンピック見て泣いて、時にはこみ上げてくるものに任せて、床にごろんと転がってゴキブリみたいに足をじたばたさせて声を上げて泣いて。
何を見ても泣けるし、こんなに涙がでても脱水にならないんだな〜とか思うくらい泣きました。

もう何のために泣いてるかわかんない時もあり、自分が恥ずかしくて泣いてる時もあり。

泣いちゃだめとか、自分を律しようとか、正しくあろうとするとか、そういうことをぜーんぶ手放して。
肌ボロボロで、部屋もぐちゃぐちゃで。

ところが、1〜2日はどん底だったのでそれしかやりようもなく、とことんそのようにできたのだけど、少し助けの手が差しだされたりすると、すぐにどっかから理性というかエゴのようなものがはい出してきて、「もう大丈夫、解決した。もう充分泣いた。3才児は癒された」と思おうとするのです。

「願ったら、手放したら、もう解決策が示された!もう私は大丈夫!私ってすごい!!」

それで、知らず知らずのうちにまた、さらなる解決のためのいろいろな計画を練ろうとする。

ああやって、こうやればもっとよくなる。
あれもこれも手放さなくていいはず。
ってね。



そうやって、メンツを保とうとするエゴが出てくるメカニズムを知りました。



「3才児の自分」は内なる神性で。

神性が出てくると、エゴにとっては都合が悪い。
なんでか知んないけど。

(たぶん本とかで適切な説明や表現があるんだろうけど、今は体験したことでしか書きたくないので、こんな感じですいまめ〜ん)

エゴは自分が死んじゃうんじゃないかと思って、あわてるんでしょうねえ。
ことあるごとにエゴが出てきて、3才児の自分との接点を私から奪おうとする。

でももう、私は3才児とともにいないことには、どうにも立ち行かなくなっていて、接点を失うとまたナオさんに助けを求める。

ナオさんは見捨てずにいてくれる。

そうすると、3才児の私はまた力を取り戻して、行動する。

行動の結果、間違ったり、うまくいったり、恥ずかしい思いをしたり、怒ったり、笑ったりする。

でも、それでいいのら!
だって、私にはバカボンのパパが天使のようについているんだもの〜〜〜。

というか、それしか今はできないのら!





そんなとき知った、ひろ子さんのmixiコミュニティで、こんなトピックがあって。


『○○で何が悪い!』

後ろ向きで何が悪い!
後ろ向きなのが嫌いで何が悪い!
えらそうで何が悪い!
えらそうなのが嫌いで何が悪い!
知ったかぶって何が悪い!
知ったかぶりが嫌いで何が悪い!
自分は特別だと思って何が悪い!
自分は特別だと思っているのが嫌いで何が悪い!
変わらなくって何が悪い!
ありのままが認められなくて何が悪い!
自信がなくて何が悪い!
自信を持ちたくて何が悪い!
依存して何が悪い!
依存が嫌いで何が悪い!
病気で何が悪い!
病気を治したくて何が悪い!
欲しがって何が悪い!
自然じゃなくて何が悪い!
きちんとしてなくて何が悪い!
自由じゃなくって何が悪い!
コントロールしようとして何が悪い!
何かを悪いと思って何が悪い!



どうです?
気持ちよくなってきたでしょう???
みなさんもごいっしょに!

はい、もういっちょ。


泣いて何が悪い!
怒って何が悪い!
ふざけて何が悪い!
へらへらしてて何が悪い!
弱くて何が悪い!
不細工で何が悪い!
臭くて何が悪い!
汚くて何が悪い!
自分らしくいられなくて何が悪い!
見栄を張って何が悪い!
プライドが高くて何が悪い!
ケチで何が悪い!
抑圧されてて何が悪い!
ゆっくりで何が悪い!
急いで何が悪い!
適当で何が悪い!
いい加減で何が悪い!
うそをついて何が悪い!
人を制限して何が悪い!
枠にはめて何が悪い!
枠にはまって何が悪い!
束縛して何が悪い!
お金がなくて何が悪い!
リボ払いの何が悪い!
行き当たりバッタリの何が悪い!
愉しんで何が悪い!
愉しめなくて何が悪い!






これでいいのだ〜!

ナオさん、ひろ子さん、ありがとう♡








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写真は、いなくなったと思ったら押し入れの奥の衣装ケースで発見されたしろたんです。
たぶん、出れずに困ってたんだと思う。
ぜんぜん関係ないですが。
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嘆きの淵にある時も   

2010年 03月 08日

矢野顕子の新しいアルバム、「音楽堂」の中の曲です。
詩もいいんだけど、大好きな人たち、曲もきいてほしいな。


「嘆きの淵にある時も」

果てない雪に立ち尽くして
歩むことさえかなわぬまま
望みも今は 雪に埋もれて
全てのものが死に絶える時

季節の流れ 瞳こらし
いのちの言葉 聞き取るなら
重たい雪の下ではすでに
息づく緑 ささやくように

望みがこの大いなる
いのちの流れに沿うものなら
かなわぬことが なぜあるだろう
実らぬことが なぜあるだろう

春に枯れ葉は 舞い踊らず
秋に緑の芽はふかない
夏に裸の梢を知らず
冬に花びら咲くこともない

季節の流れ 瞳こらし
いのちの言葉 聞き取るなら
全てを委ね この身を任す
たとえ行く手が見えない時も

望みがこの大いなる
いのちの流れに沿うものなら
かなわぬことが なぜあるだろう
実らぬことが なぜあるだろう

かなわぬことが なぜあるだろう
実らぬことが なぜあるだろう




自分だけが嘆きの淵にあるような気がしていた最近だったけれど、
今日会った大好きな人たちそれぞれが
それぞれの嘆きをかかえていて、
それに関してとくに深く語り合うでもなく
その時々の美味しさや景色の美しさや感謝や陽の光や寒さや人の優しさや眠さや寂しさや
そんな瞬間の感触をそれぞれのペースで感じていて
たがいに歓びあったことは
とても嬉しいことでした。

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こんな友達がほしかったんだ。
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いいでしょう?   

2010年 03月 04日

ひよりちゃんが撮ってくれた、すてきな写真。

マイラさんてなにものだ?


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謝辞と祈り   

2010年 03月 03日

 神様、仏様、天使様。
 今はもういない、べべ、ママ、母方のばあちゃんじいちゃん、父方のじいちゃんばあちゃん、隆太郎、死や病気に向かう勇敢な姿を見せてくれたたくさんの患者さん。
 パパ、お姉ちゃん、おいっこめいっこ、ニセコの大好きな人たち、チネイザンの愛する仲間たち、大内さん、田畑さん、ナオさん、高田さん、あかねさん、そのほかにも全ての好きな人たち、苦手なひとたち、出逢ってきたひとたち。

 今の私が在るために必要な経験をさせてくれてありがとう。

 私は無力です。一人では何もできません。今までそう思っていませんでしたが、みんなの、全ての存在の助けがあったから、ここまで生き延びてくることができたということに、今は疑いの余地がありません。
 私がそのことに気づいていようがいまいが、感謝しようがしまいが、常に私に必要なものを与えて続けてくださっていたことに、深く感謝します。
 
 今日も無事に、小さいけれど素敵なことがたくさんある一日をすごすことができました。

 「安田成美に似てる」って言われたこと♡(←ええ、似てませんが)、やまきの日記で重ね煮のことを知って早速作ってみたらすごく美味しかったこと、ヒヤシンスがいい香りを放ってくれていること、ピーチ色のバラがずいぶん長く花を楽しませてくれていること、バラの葉っぱの深い緑が瑞々しく目を喜ばせてくれていること、愛するえりちゃんと久しぶりにメールのやりとりをしたこと、しろたんが元気な姿を見せてれていること、パパが電話をくれて私に必要なことを厳しくも愛をもって言ってくれたこと。去年10月にファミリーコンステレーションで象徴的に起こった解放と布置の変化が、いま現実になってきているのを感じます。

 本気で助けようとしてくれる、全ての人、全ての存在からの贈り物に、いつも気づいていられますように。エゴにとらわれて助けの手を見落とすことがありませんように。
 惜しみなく受け取り、惜しみなく与えられますように。
 
 ありがとうございます。





あゆみ





 
 
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記録   

2010年 03月 03日

ここ最近のカオスからようやく顔を少し出して息つぎをしたら、こんなに日が経っていた、とおどろいた今日の朝。



何をしてたんだろう??とほとんど記憶を失っているけど、手帳をみたらけっこういろいろやっていた。写真は全く残っていないけど。


横浜のロルファー高田さんのバウンダリーワークショップに行ったり、そのついでに横浜美術館でやってる束芋展みたり(見たことさえ忘れてたけど、これけっこうボディブローのように効いてる)、あやちゃんとだべったり交換セッションしたり、大内さんのチネイザンセッション受けて泣いたり、身体コチコチになったり、オカナオさんのスカイプセッション受けて泣いたり、なおみねえさんちでもう何やったんだかわからないくらいいろいろしたり(みんなの日記参照→ねえさんひよりちゃん)、泣いたり、受け取ったり、また泣いたり、すべてに感謝したり。



そりゃあ濃すぎやしないですか。
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