ロルフィングとチネイザン   

2010年 09月 29日

チネイザンのモニターになってくれている方から、継続して受けているロルフィングとチネイザンとの関連についてコメントもらいました。

「ロルフィングとチネイザンは同じ週に受けてもけんかしない、というか、助け合っている」
とのこと。

私もロルフィングを受けていたからわかるけれど、施術を受けたからすぐに楽になるというものでもなくて、それまで縮こまっていた筋膜の状態で全身のバランスをそれなりにとっていた身体は、一部の筋膜が変化すると、全体にそれを適応させようとして調整を行います。

それが定着するまでに、少し身体の違和感や疲労感として感じる場合もあるということ。

その身体構造の変化のプロセスを、チネイザンはじゃませず、さらに助けているらしい。
とても嬉しいコメントでした。

というのも、私はロルフィングを受けた田畑浩良さんの繊細なタッチが大好きで、こんな風に人に触れたい、ロルファーになりたいとも思ったほどで、ロルフィングで扱わない内臓にアプローチするチネイザンは、ロルフィングを補完するかもしれない、と直感的に思っていたからです。

ロルフィングは筋膜や腱などの結合組織を扱って、身体の構造を効率的に支えるためのアプローチだと私は解釈していますが(テントに例えると、骨組みのポール部分)、チネイザンではその骨組みが包み込み守っている身体の柔らかい部分、内臓や皮膚などに働きかけるので、助け合えるのではないかな?
まだよくわからないけれど。

これからも、ロルフィングとチネイザンの違いと関連、補完性を見ていくのが楽しみです。

それに、大好きな田畑さんの繊細で優しいタッチをチネイザンにも使えないか?と考えていくのも面白そう。
それには、肉体レベルで十分に働きかけることができて、その反応を知って、その上で物理的な圧力からエネルギーレベルの働きかけに切り替えていくという作業が必要そうです。

そうそう、ずっとそのことにひっかかっていたんだなあ。
物理的な圧力として働きかけることは、肉体としての自分がやらなければならないこと。
エネルギー体としてしか存在したくない!というだだっこちゃんだったわけですね。
えへへ。

長くかかったけど、ここから先は面白そうです。
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ホスピスナース友達との午後   

2010年 09月 14日


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 先々週の日曜日、ホスピスのときの友達を誘って、チネイザン仲間でマッサージのできる友達も誘って、お茶飲み話しながら、マッサージを受けてもらう午後、という感じの一日を過ごした。

 涼子ちゃんのロミロミ、まりっぺのタイマッサージとプロの施術を約90分、2人ともトロけたお顔になり、終わった後はピカピカしていた。みんなの優しさと暖かさと華やかさで、がらんとした私の家に何とも幸せな空気が充満していたことに、みんなが帰った後に気がついた。

 ホスピスにボランティアができたら!という思いつきから始まって、あんなこともこんなこともできたらいいな、と思いはひろがりつつも、カンタンではない道のりに気負っていたところもあったけど、肩の力を抜くことを意図して、できることをまずやってみようと思った。

 自分で誘ったことだし、ちゃんとやらなきゃ!という気負いはゼロではなかったけど、わたしにできないことをみんなが補ってくれていることを実感できた。しょっぱなから、来てねといった時間に私は家にいず(笑)、ごめーんと帰ったら、「大丈夫、このくらいは想定内だから」と。

 時間がなくて買っとこーと思ったお茶菓子も買えずにいたら、ちゃーんとナース友が手づくりお菓子を持ってきてくれた。

 私は場を準備した。
 涼子ちゃんとまりっぺはそれぞれの存在感で優しくどっしりとした空気を作り、その技術でリラックス+αを提供してくれた。
 ナース友ふたりはその場とマッサージを快く受け入れてくれて、受け取ってくれた。
 その場にいる誰もが与えると同時に、受け取っていた。

 なんの装飾もない私の家に、明かりが灯ったようだった。
 みんなが帰ったあと、がらんとした部屋に少しさみしくなるくらい。

 今思い出しても胸が温かくなるような一日だった。
 ほんとうに、みんなに感謝。
 ありがとう!またやろう!


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ホスピスへの思い   

2010年 09月 14日


 去年の5月まで、ピースハウス病院という独立型ホスピス(病院の中の一部としてではなく、ホスピスのみの病院)の訪問看護部門で、在宅ホスピスの仕事をしていました。

 その年の4月の若い友人の死をきっかけに、それまで抑圧してきた母との死別の悲しみや看取ってきた患者さんたちとの別れの悲しみが浮かび上がってきて、背負おうとしてきたものの重さに耐えきれなくなり、退職を余儀なくされました。

 『もう、死を背負うことができない』

 というのがその時の思いでした。
 死を背負う、そんなことが本人以外にできるはずもないのに、そうしなければならないのだ、と力が入りまくっていたんですね。

 罪の償いをするかのように、その仕事を本当の重さ以上に重く感じて、これでも足りない、と自分を責め追い込むように仕事をしていました。
 楽しいことや歓びをもたらすこと、楽をすることにも心を閉じて、修道女のような生活だったなあと今は思います。

 仕事をやめたことでそのことに気づき、ほんとうに良かったと思います。

 でも、いいホスピスでした。
 素晴らしい看護の先輩がいて、看護部長がいて、真摯に仕事をする同僚に恵まれました。

 北海道にいたら知らずに終わっていたようなことを、たくさん知りました。

 今でも、ホスピスへの特別な思いをもっているのです。

 死を迎えていく人たちに接することは、私にとって、正直なそのままの自分でいられる貴重な体験、貴重な時間でした。それは、死にゆく過程で人はどんどん正直になっていくからです。
 死に向かう途中、人はいろんな感情や反応を見せますが、それがどんなものであれ、敬意を感じていました。最も苦悩を伴う道を、なりふりかまわず、勇敢に歩いている人だからです。
 
 私は正直でいることが好きだけれど、それは日常では厳しすぎることなのだと思います。
 そのような自分でいると、周囲の人を苦しめるばかりだ、と感じてきました。
 だから、なるべく正直でいることを避け、ありのままの自分でいることを許さないようにしてきたのだと思います。

 でもいまは、それほど正直でいられることは、ある意味で特別なことだと感じています。
 人を安らげることはできないかもしれないけれど、何かの役には立つ、そう信じることができるようになってきました。私は私でいることにしたのです。

 
 もう今は、直接的に死にゆく人に向かい合うことはできないけれど、チネイザンなどで癒しの技術をもつ友達と多く知り合ったことで、何かボランティアとして提供できることはないかと、ふと思いつきました。
 そして、それを話した多くの人から、前からボランティアをやってみたかった、ホスピスに興味があった、と賛同を得ることができました。

 みんなで集まって話し合ったり、元上司のホスピスの看護部長に相談したり。
 方法はありそうでしたが、できる施術が代替療法でありスタッフの理解が得られにくいこと、資格や技術が一定でないこと、長期にわたるコミットメントが必要なこと等から、患者さんへの施術、という当初の希望を実現するためには多くの時間と努力が必要だということがわかりました。

 でも、患者さんへの施術でなくとも、できることはあると思いました。

 当初思い描いた「代替補完療法と呼ばれる分野がホスピスにできること」のヴィジョンの中には、患者さんへの施術だけでなく、関わる家族や医療スタッフへの施術も含まれていたからです。
 常に精神的・肉体的緊張を伴う仕事であり、慢性疲労状態であったナースの一員だった私は、そのようにボランティアとしてケアをしてもらうことで単なる肉体的回復以外の何かを得られるのではないかと考えています。

 ナースや医療に関わる仕事は、与えることに慣れていますが、自分もケア(特に精神的ケア)の必要な存在であるというふうにとらえることが苦手なように思います。
 それは、私もそうであったように、悲しみなどの感情を抑圧したまま働いていることが多いこととも関係しているのではないかと思うのです。

 また、西洋医学に携わり科学的根拠に基づいた医療・ケアを行っているスタッフたちが、タッチにこもった何かを感じ取ったり、見えないけれど変化を及ぼす力を体験することは、これからの医療にとって、とても重要なプロセスだと思うのです。
 私も看取ってもらうなら、見えるものも見えないものも大事に思える人にお願いしたい、そう思います。

 以前から夢見ていた統合医療というヴィジョンに向かう、小さな一歩として、肩の力を入れずにできることは何だろう?という問いの結果、ほんとうに小さく、自宅でナースの友人にマッサージを受けてもらう会を開くことにしました。

 この会についてはまた後ほど。
 とても楽しく、喜んでもらえる大満足の時間になりましたよ。
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恋をした   

2010年 09月 14日


すばらしく濃密な恋を

ほしいものをうけとり、あたえるものをよろこんでうけとってもらった

ほしいものとあたえるものが奇跡のように合致した

互いの中に小さく眠っていた種が、ぐんぐんと水を吸い込み育っていった

あまりに早く育っていったので、ほしいものが変わっていった

いや、変わったのではなくて

ほしいものがもっとたくさん見えてきた

もっとたくさん、もっと高いものを、もっと大きなものを

いまは互いに与えることのできないもの

だから手を放すことにした

手を放す勇気も、水をもらって育ったものだ



手を放しても、大事なものはなくならない



育った種はもう種ではない

種のままでは見えなかった、眠っていた欲求が目をさました

眠っていた、何かの花を咲かせる可能性が大きく開いた

種の固い殻の中では安全だった

痛い思いと不安の中からやわらかい芽が生まれていった




誰が何と言っても

自分の中のわけのわからない部分が、ほしいというものに向かって手を伸ばした

それは得られた

そして手を放すこともできた





なんてすばらしい恵み
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にぎった手をひらく   

2010年 09月 10日


大事なものをにぎりしめた手をゆるめてひらく作業は、ことのほかいろいろの感情を伴う

相反するものもたくさん

かっこよく手ばなすと決めたはいいけどぐらぐらゆれうごく

ちっともかっこよくもないし、美しくもない感情たち

でも生きている!

どくどくと血の通った私の大事な感情たち



手をひらくことのできた喜びと誇り

うしなう悲しみ

広い視野、高い視点で見たときにただしいと思っても、小さい自分は拒絶する

精神と身体の葛藤

手をはなしたものが誰かのものになってしまうことへの、嫉妬と怒り

前に進むことのおそれと期待

手をはなすことによってより広がり深まる、愛のようなもの




ほかに何がでてくるのか

ぜんぶ見てみよう

ぜんぶ私だ

私のいきいきとした生の感情たちだ



いちど手をゆるめても油断をすれば力が入る

乱暴に手をひらいてふりほどいて捨ててもいけない

大事に、それにふさわしいスピードで手の力を抜いていかなければ抵抗の力が生まれる

手ばなされたものが、前よりも輝くようなやりかたで作業をする

手をひらくプロセスに愛を込めるのだ
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