導き手
2010年 02月 17日
ヒーラーでチネイザンプラクティショナーのユキさんに、エネルギーフィールドについて知りたくって紹介してもらった、バーバラ・アン・ブレナン『光の手』をいま読んでいるのだけど、エネルギーの本なのにふわふわしたところは全くなく(偏見?)、しっかり地に足のついたところからただ真実について語られているのでしばらく本がなかなか読めない状態だった私にも読みやすく、ひとつひとつ示唆するところを感じながら、すこーしずつ読み進めている。
今日のなるほど!そうだよね!の箇所は…
自分を導く「見えない手」のこと。
『もっとも単純な導き手の一つは、毎日そして一日に何度も訪れる不快感という形でやってくる。
この導き手に注意してそれに従いさえすれば、ほとんど病気になどかからなくなる。
不快感に注意していれば、バランスを取り戻し健康を回復する。
不快感は肉体的不快感や痛みの場合もあれば、感情的、心理的、精神的レベルのときもある。
それは、あなたの人生のどこにでも現れる。』
『「あなたの肉体や生活のどこに不快感があるのか?
どのくらいの期間続いているのか?
それはあなたに何を伝えようとしているのか?
それに対しあなたは何をしてきたのか?」
これらの質問に正直に答えていけば、自分自身を健康で幸福で賢明に保つはずの最高のチャンスを
どれほど無視してきたかに気づくはずだ。
肉体や生活上で感じる不快感は、すべて本当の自分と波長があっていないことを
あなたに直接伝えているメッセージである。』
『この単純なレベルの導きに従うとは、疲れた時には休み、
空腹な時には食べ、肉体が必要としているものを食べさせるということである。
自分を大切にし、自分を困らせている生活環境を変えるという意味である。
これらのことができるように、どれほどうまく生活を組み立てているだろうか?
それはそう簡単ではないはずだ。』
そう、簡単じゃないんだよ〜。
誰か人に代わってもらうこともできないし、教えてもらうわけにもいかない。
自分で勇気をもって、暗い森のようなところに分け入っていかなきゃならない。
でも、命をかけて、人生をかけて、一生をかけて、やる価値のあることだとも思うのです。
今日のなるほど!そうだよね!の箇所は…
自分を導く「見えない手」のこと。
『もっとも単純な導き手の一つは、毎日そして一日に何度も訪れる不快感という形でやってくる。
この導き手に注意してそれに従いさえすれば、ほとんど病気になどかからなくなる。
不快感に注意していれば、バランスを取り戻し健康を回復する。
不快感は肉体的不快感や痛みの場合もあれば、感情的、心理的、精神的レベルのときもある。
それは、あなたの人生のどこにでも現れる。』
『「あなたの肉体や生活のどこに不快感があるのか?
どのくらいの期間続いているのか?
それはあなたに何を伝えようとしているのか?
それに対しあなたは何をしてきたのか?」
これらの質問に正直に答えていけば、自分自身を健康で幸福で賢明に保つはずの最高のチャンスを
どれほど無視してきたかに気づくはずだ。
肉体や生活上で感じる不快感は、すべて本当の自分と波長があっていないことを
あなたに直接伝えているメッセージである。』
『この単純なレベルの導きに従うとは、疲れた時には休み、
空腹な時には食べ、肉体が必要としているものを食べさせるということである。
自分を大切にし、自分を困らせている生活環境を変えるという意味である。
これらのことができるように、どれほどうまく生活を組み立てているだろうか?
それはそう簡単ではないはずだ。』
そう、簡単じゃないんだよ〜。
誰か人に代わってもらうこともできないし、教えてもらうわけにもいかない。
自分で勇気をもって、暗い森のようなところに分け入っていかなきゃならない。
でも、命をかけて、人生をかけて、一生をかけて、やる価値のあることだとも思うのです。